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2015年12月26日

羽生結弦を支え続けた母親の感動エピソード

 

先日のグランプリファイナルで史上最高得点で圧勝した羽生結弦。
帰国した際には羽田空港で熱狂的な出迎えを受けたが、その羽生結弦を支え続けた母親のエピソードが感動的だと話題になっている。
羽生結弦を支え続けた母親の感動秘話→ ranking




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誰もが認める “絶対王者”となった。その陰にはいつも、見守り続ける母・由美さんの姿があった。
4歳のときに姉の影響でフィギュアスケートを始めたという羽生。当時の彼は、今の姿とはほど遠い“臆病な少年”だったという。

「彼は2歳のときに小児ぜんそくにかかっていたため体力もなく、精神的にも今では想像できないほどもろかった。先生に怒られてしょっちゅう泣いていましたし、フィギュアをやめたいと漏らしていたこともありました。 でも彼のそばにはいつもお母さんがいて、何かあるたびに『結弦ならできる』と励まし続けていました」(仙台のフィギュア関係者)

だが羽生家はごく普通の家庭。費用がかかるフィギュアは、家計を大きく圧迫していた。
「彼が9歳のときに“家族会議”が開かれたそうです。経済的な理由もあったのでしょうが、父親は羽生選手がフィギュアを続けることに反対したそうです。でも由美さんは『結弦は将来必ず世界に羽ばたく子だから』と必死に訴えたそうです。そしてパートを掛け持ちするという条件まで出して夫を説得したそうです」(前出・仙台のフィギュア関係者)

当時、スーパーの紳士服売り場で働いていた由美さんはクリーニング店のパートの掛け持ちを始める。さらに試合の衣装は手作りするなど、少しでも家計の負担を抑えるべく奔走していた。そして18歳になるとブライアン・オーサーコーチの指導を受けるべくカナダに渡った羽生。このときも由美さんは、家族と離れてでもついて行く道を選んだ。

「羽生選手は食が細く好き嫌いもあるため、由美さんは栄養管理の勉強を続けていました。それにジュニア時代から本番直前になると緊張のあまり、過呼吸のような状態になることもあったそうです。そのプレッシャーは成績を残すほど強くなっていった。そのため由美さんはあがり症を克服するメンタルコントロールも学んでいました。お陰で、羽生選手のメンタルの強さは誰もが驚くほどになったのです」(カナダ在住のフィギュア関係者) 

まさに全身全霊で羽生をサポートしてきた由美さん。世界を驚かせた“絶対王者”の姿は、母子で築き上げたものだった。

「羽生選手は感謝と尊敬を込めて由美さんのことを“もうひとりのコーチ”とも言っています。今回史上初となる三連覇を達成した彼は、宿泊先のホテルに戻ると母・由美さんに『ありがとう』と言って首に金メダルをかけてあげたそうです。陰ながら頑張ってきた由美さんにとって、何よりのプレゼントになったことでしょうね」(スポーツジャーナリスト)

来春には、世界選手権に挑む羽生。至高を目指す母との二人三脚はまだまだ続く――。
http://xxhuyuzero.blog.jp/archives/50830395.html


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posted by makoto at 22:00 | Comment(1) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
立派な親御さんだな
こればっかりは本人の自由としか言いようないが
胡散臭い女にだけは引っ掛からないでもらいたいもんだ
Posted by at 2015年12月27日 00:22
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