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2015年08月21日

桑田と清原の運命を分けたドラフト会議30年後の真実

 

野球界の歴史に残る桑田清原のドラフト騒動。
巨人入りを熱望する清原だったが、皮肉にも巨人が1位指名したのは同じPL学園の桑田真澄だった。
会見で涙を見せた清原。
このことで桑田との友情にも少なからず影響があったと言われるが、そんな伝説のドラフト事件の30年後の真実が話題になっている。
桑田清原の運命のドラフト30年後の真実→ ranking


  
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札束を武器に大物選手を獲得してきた巨人にあっても、1985年のドラフト会議は、とりわけ衝撃を与えた。この年の目玉は“KKコンビ”として甲子園を沸かせたPL学園の桑田真澄と清原和博だった。

清原はいち早くプロ入りを宣言しており、尊敬する王監督が率いる巨人を希望。巨人も清原の1位指名を公言し、相思相愛と見られていた。一方の桑田は卒業後の進路として早大進学を打ち出し、「プロ入りの意志表明となる退部届を出さず、早大の特別選抜試験の受験票まで報道陣に見せていた」(スポーツ紙編集委員)。

ところが、11月20日のドラフト会議で巨人が1位指名したのは桑田だった。早大進学と判断していた他球団は指名を回避したことで、巨人の単独指名となったのだ。清原は競合の末、西武が指名した。

裏切られた清原は会見で悔し涙を流し、進学を表明していた桑田は前言を翻して巨人入りを決める。

「クラスメートも騒然とする中、確か桑田はスーッと教室を出ていったんじゃないかな。(中略)その後は凄い騒ぎだった。(中略)チームメートが「許せん」と言って、金属バットを持って桑田を探し回ったり。学校に抗議や脅迫が殺到して、警察が教室を見張っていた期間もあった。(中略)ドラフト当時は、桑田に対して思うところはあった。正直、憎かった時期もある。何で言ってくれなかったかなとね」

清原が会見で人目をはばからず号泣したことも騒動に拍車をかけた。これはドラフト前日に王監督が直々に清原へ「明日、君を指名するからよろしく頼む」とかけた電話が号泣の原因とされている。

「巨人は1位清原、2位桑田のシナリオを描いていた。1位は相思相愛の清原を指名し、2位で桑田を獲得するというもの。巨人がアピールした清原との相思相愛ぶりや桑田の早大進学宣言もこの布石だった。ところが、当日に西武も2人獲りを画策していることがわかり、急遽巨人はドラフト当日に戦略を変更。正力亨オーナーの最終決断で桑田の単独指名を決めたといわれている」(前出の編集委員)

果たしてどこまで桑田は知っていたのか。早大受験中止を決めた桑田は「巨人に指名されても絶対に行かないとは言っていない。うそをついたと思われるなら、思われても仕方がない」と会見した。

密約の有無は当事者が口を開かない限り明らかにならない。が、在京球団のスカウトの一人は「当時の球界は、いい選手がいればどんな手を使ってでも獲得にかかっていた」と話す。  
この言葉がすべてを物語っているのではないか。
http://www.news-postseven.com/archives/20150818_340493.html?PAGE=2


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posted by makoto at 16:00 | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする